AI時代、ソフトウェアの価値はどこにあるのか ― Spotifyとバッド・バニーのトップリスナー限定ライブから考える
#74 Traces of Choice (20260302〜20260308)
Traces of Choice は、JTCのIT部門で働く音楽愛好家が、ジャンルを横断して、日々気になった / 面白かった情報をキュレーションしてお届けするニュースレターです。
1.Tech
Good news: AI Will Eat Application Software(“朗報:AIがアプリケーションソフトウェアを飲み込む”)
a16zの記事。良いこと言っていると思う。
参照されているX記事。
うまくまとまらないが、そもそもソフトウェア自体に他社と差別化できる価値があるわけではなく、 「プロセスエンジニアリング」とか「ラストワンマイル」という言葉が使われているが、 最も重要なのは、組織に埋め込まれた、泥臭い部分も含めた価値創出のプロセスそのものだ という話をしている
これは本当にそうだと思う一方で、これまでのFit to Standard的な考え方とは、大きく違ってくる考え方なので、広く理解されるまでに結構時間がかかるだろうな AIによって、完全なる個別化ができるようになりつつあるので、やはり「文脈こそ全て」という状況になっていくのだろう
“これまでのFit to Standard的な考え方とは、大きく違ってくる考え方”
多分本質は違わないはずなのだが、SaaS is Deadの解釈も混線を極める中で、その本質をちゃんと捉えて、AI時代の解像度で捉えられている人が、日本の企業にどれだけいるか
南場智子「ますます“速さ”が命題に」DeNA AI Day2026全文書き起こし - エンジニアtype | 転職type
ここまで語れるのは本当にすごいなぁ
真理すぎる
“現場からは「南場さんすごいです。AIのおかげで、今まで時間がなくてできなかったことができるようになりました」とみんな言うんです。しかし、これまでは、それをやらずとも何とか成立していたんですよね”
必ずしもそうでもないと思うが、まぁ言いたいことはわかる、この後でディストリビューションの話してるしね
“このベロシティを伴わないプロダクトに成長はなく、この“びゅんびゅん回し”ができない、このスピード感で戦えないのであれば、参戦する資格さえない時代になったと言えるでしょう”
AIで爆速になろうと開発速度は同じでいい。吉羽氏に聞く「アジャイルの“逆説的な”加速の仕方」 | レバテックラボ(レバテックLAB)
めちゃわかる
“AIによる開発高速化で生まれた空き時間は、さらなる開発ではなく、ユーザーインタビューや仮説検証などに使ったほうがいいのではないか”
単純なスピードアップとアウトプット増加だけしていったら、確実にすぐ行き詰まるだろう
別にユーザはAIを使ってほしいとかそういうことは考えないわけなので
SBI北尾社長、AI活用で採用削減「よほど優秀でないと採らない」:朝日新聞
無料部分しか読んでないが、なかなかすごい
“「今度の採用から大幅に減らすことを絶対命令とする」”
”「よっぽど優秀な人材でないと採用するなと言っている」”
まぁ俺もこれは思っているし、だからこそ自分の身の振り方もよく考えないといけない5年間になるだろう。
”「今世紀最大の社会変革がこれから5年の間に起こる。ついていけなければ、脱皮できない蛇と一緒で終わりになる」”
2.Business Skill
(今週はなし)
3.Music
Spotifyの終焉――音楽ストリーミングが廃れるまで秒読み段階なのか? - YAMDAS現更新履歴
ようやく読んだが、”うーん、それ「千人の忠実なファン」論で、着地点自体は以前から言われている話”の通りだな、、、
The Death of Spotify: Why Streaming is Minutes Away From Being Obsolete
東京真中 - ブレインロット feat. 重音テト - YouTube - 東京真中
一聴して、これは2026年を代表する曲になると思った。曲が良いうえに、テーマ、質感、リリック、ダンス、長さ…etcの全てが時代を貫いている。
4.Book
三宅香帆の“母殺し”と東畑開人の“ツアーガイド”が意味するものとは? 綿野恵太が語る令和人文主義
直球だけど、これはそうだろうな
”これは単にエビデンスのない印象論で、ぼくの陰謀論なんですけど「みんなが本を読む社会は良い社会なんだ」と思っているのではないか。出版業界的にはありがたい話だけど、やはりそれはナイーブすぎるんじゃないか、と。本読みすぎると不幸になりますし、良い社会にはならんですよ”
これはなるほどと思った。であればこそ「正社員様の哲学」は普通にまだ可能性があるように思う。広く言えば旅行好きの正社員も多いとかもあるが。
”小峰ひずみさんは令和人文主義のことを「正社員様の哲学」と批判しましたが、ぼくは「観光客の哲学」だと思う。『スマホ時代の哲学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)で谷川さんは「哲学という未知の大陸への観光案内」する「観光ガイド」として語りかけている。『考察する若者たち』でも「考察をめぐる旅路」というフレーズが出てきますし”
”哲学や批評の読者を広げようとすれば、観光客しかない。早い時期から東さんは察知していたのでは? 生活も安定して時間やお金に余裕がある。ふらっと旅行に来て博物館に入って「こんな歴史があったのか」と驚く知的好奇心もある。そういう消費者でなければ、人文知のお客さんになってくれない”
5.Video・Podcast
Xユーザーの宇野維正さん: 「https://t.co/FKHyzfHxdH」 / X
バッド・バニーのトップリスナー限定ライブに関するレポ、とても興味深かった
バッド・バニー奇跡の初日本公演レポート 「音楽に言語の壁はない」ラテンポップ熱狂の宴 | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)
SZの方で全編観たけど、さすがに面白い
40:35ぐらいからのAI関連の話が白眉。本当にそうで、だからこそ「技術多様性」的な話に興味が強い
6.Other
「私個人の意見なので参考には…」自分の感情を封印し、「安全な一般論」を選択する。若者の変容に見る日本社会の行く末
非常に興味深かった
なんだか、どんどん人が「AI化」しているように感じるんだよね
こんなの、まさしく出来の悪いAIだからなぁ
もう本当に二極化が凄まじいので、それをまとめて語られない、ということを読んでいて感じる
最近Z世代の初期ぐらいの人と仕事で少し関わりがあるが、なんか文脈というかストーリーというかを感じず、その場その場の最適解っぽいものが常に提出され続けて、”顔がみえない”なぁと思うことが多い。 これは非常に関係している話だと思う。そういう意味も込めて、「AI化」しているように感じる。
多分自分が30代半ばになったから感じることであって、別に昔からあったことなんだろうとは思うが、やはりテクノロジーがこういう傾向を加速させているだろうとは思ってしまうし、なんていうか、残酷だなと思う。
「AI化」していけばいくほど、人がやる必要ないわけで、そうなった時に社会はどうなるのだろうか。ちょっと自分にはうまく想像できないが、とても良い未来にはいきつかないように感じる。
最近考えている、果たして「民主主義は良いものである」という前提を我々は保ち続けられるのだろうか?という話にも直で通じてしまう
推し活は「推される体験」へ 観客に囲まれる”渋谷の新感覚カラオケ”の秀逸さ
ビジネスとしては興味深いが、直感的に非常に危うく感じる
“推し活は、いま「推す文化」から「推される体験」へと拡張し始めている。そうした変化を象徴する存在が、東京・渋谷にあるカラオケステージ&バー「VSING(ブイシング)」だ。 そこでは客がステージに立ち、観客に囲まれながら歌う。サイリウムが振られ、専用アプリを通じて「Cheer(チアー)」と呼ばれるデジタルギフトが送られる。その演出は店内の大型LEDに投影され、場の盛り上がりが可視化される。渋谷のカラオケステージ&バー「VSING(ブイシング)」(画像:ダイナモアミューズメント公式プレスリリースより) 普通のカラオケと異なるのは、歌い手がプロではなく、一般の利用者という点だ。VSINGは「推す側」だった人が、「推される側」を疑似体験できる空間なのだ”
おれはこれが良いことだとは全然思えないなぁ。 エコーチェンバーという地獄のさらにその先という感じがする。
”推し活が広がった社会では、「応援すること」自体がエンターテインメント化した。そして今、その延長線上で「応援されること」もまた、あらかじめ構図が用意された体験として提供され始めている。
VSINGが提供しているのは単なる歌唱空間ではない。サイリウム演出、投げ銭、ランキングといった仕組みは、「応援される構図」を可視化し、体験として成立させるための設計である。
ヒトを中心とした消費は、承認を偶発的な出来事から、再現可能な体験へと組み替えつつある。推す側と推される側は固定された関係ではなく、状況に応じて入れ替わる可変的な構図として演出される。
渋谷の一角で始まったこの業態は、推し活が到達した次の段階――“推される体験の仕組み化”を映し出しているのかもしれない”
良い記事は、非合理である──AI時代のメディアのあり方を、電ファミの10年をふり返りながら考える
めちゃ良い記事だった
メディアに限らず、”人間の側の評価関数をいかに磨き上げていくか?”って非常に重要な話に思う
特にエンジニア界隈をみていると、この感覚が強い。 例えばこれもそうだな。
最近自分が出したもの
コミュニケーションの齟齬はなぜ起きる?――失敗か、それとも前提か - 余白のエクリチュール | Podcast on Spotify
特に時間軸とかは齟齬が起きやすいですよねぇ
Editor's Note
Spotifyの終焉――音楽ストリーミングが廃れるまで秒読み段階なのか? - YAMDAS現更新履歴がバズっているなと思ったが、中身自体は書いてある通り、あまり目新しい話ではなかった。
結論としては、WIREDのケヴィン・ケリーが提唱した「千人の忠実なファン」論なわけで、自分も好きな話だし今の時代に必要な話だと思うが、それ以上でもそれ以下でもないというか、、、
ブコメを眺めた感じ、ほとんどが全く中身を読んでおらず、「私がSpotifyを嫌いな理由」を語っていて、典型的なバズの形だなと思った。この手の構図は、一部の文言が感情を掻き立てることによって生まれるんだなということが本当によくわかる。その意味でこのタイトルは秀逸だったんだろう。
(そういえば、さらに百人のファンで十分と言っていたリ・ジンはどこに行ったのか気になっている、最近全く名前を聞かなくなった、、、)
1000人の真のファン? いや、100人という手もある - FoundX Review - 起業家とスタートアップのためのノウハウ情報
クリエイターエコノミーの“教祖”降臨! リ・ジンが語る、Web3時代におけるクリエイターの生存戦略:WIRED CONFERENCE 2022【キーノート解説編】 | WIRED.jp
ただ、面白いなと思ったのは、3月7日に行われたバッド・バニーのライブと繋がっているという点。
世界的なポップスターを目撃できる滅多にない機会であったが、Spotifyによるトップリスナー限定のライブという特殊な形式だった。これにより、公平性という観点において、先日から物議を醸していた印象だが、やはり色々な言説が出ているように思う。
現場の雰囲気含めて、この話は宇野維正さんが全体公開のXのスペースにて、流石の語りをしていた。
Xユーザーの宇野維正さん: 「https://t.co/FKHyzfHxdH」 / X
個人的には、まずもってこの形式自体は色々批判/議論もあるだろうが、まぁこのエンゲージメントの時代において、まさしくそれを測ることができるデータを使わない手はないだろうと思う。
ある意味、より多様なイベントの形が作れるはずなので、全然あって良いはずと思っているし、まさしく「千人の忠実なファン」論をベースにした一つの実験/実践だろう。
どっちかというと面白いと思うのは、ロザリアの時も思ったけど、観測範囲の多くの業界関係者が招待されているということ。
宇野さんはこの点に関しても多く言及していて、ただでさえ招待制だったこともあり、バッド・バニーを日本に広めていく責任があるといった話をしていた点は特に興味深かった。この界隈においては、ある意味良くも悪くも強烈なアテンションではあるよなと改めて思ったところである。
加えて、宇野さんの話で個人的に面白かったのは、参加者の8割近くがラティーノを中心とした外国人であり、日本のライブとは違う雰囲気がありつつも、みんなちゃんと整列しているし、人に当たらないように踊っていたという点だった。
日本の常識・ルールは、共有されている/通用しないという、両面が起きていて、独特の文脈が編まれているのかなと感じた。
そのうえで、考えるのは、こちらも宇野さんも言及している通り、では今後バッド・バニーやその他のラテン音楽/ラテンポップが日本に浸透して、改めてふさわしい場所でバッド・バニーを迎えることができるのかということ。
スーパーボウルでもパフォーマンスをするなど、名実ともに世界的トップスターであることは間違いないわけだが、正直に言って、やはり日本人との接点はなさすぎるように感じる。自分自身、じゃあライブがあったとして、行くか?と言われれば、結構むずかしい。
昨今の政治状況含めて、グローバル化が進み切ってフラットになった結果、ローカル性の引力の強さを感じるわけで、やはりアルゴリズムの影響が強いのかもしれない。とはいえ、別に日本のものだけが流行っているわけではないはずだから、何かの回路が生まれれば、一気に浸透するルートもあるのだろうか。
この意味では、渡邉康太郎さんが話していた話が繋がるかもしれない。
40:35ぐらいからなのだが、「論理的思考とは何か」という本をもとに、そもそも国ごとに何を持って”論理的”とするかは違うのであるという話を発展させる。曰く、となると、今のAI/LLMは、基本的には英語ベースで学習しているわけで、英語圏で良しとされる規範が埋め込まれており、それを使っている我々の思考は、どんどんとその規範に染まりつつあるのではないか?ということである。
これは本当にそうだろうなと思う。自分もやり取りしていて、話が噛み合わないと思うケースがある。特にJTC周りの話でも正論パンチをしてきがちである。
これは非常に危うい話であり、だからこそ「技術多様性」的な話はとても重要だと思っており、興味が強いのだが、一方で、AI/LLMネイティブは、スマホネイティブの世代と比較しても、圧倒的にグローバルネイティブであるということかもしれず、であれば、日本独特の文化よりも、洋楽や洋画のような、グローバルベースの文化に馴染みやすくなる可能性はあるのか?とか考えた。そういえばバッド・バニーのライブも、日本の参加者は若い人が多かったという話があったな。
閑話休題。Spotifyの話に戻るが、SaaS is Dead論も数多の解釈が繰り広げられているAI時代において、Spotifyは”終焉”するのだろうか?
その意味で、a16zのGood news: AI Will Eat Application Softwareはとても興味深いと思う。
基本的にはtoBベースの話ではあるだろうが、toCでも似たような話はあるだろう。
ソフトウェア自体に価値があるわけではない。価値があるのはそこに埋め込まれた「プロセス」なのであるという話は、非常に納得感がある。
つまり、Spotifyというソフトウェア自体に価値があるわけではなく、「Spotifyを使って音楽を聴く」というユーザの生活様式=「再生」も「ディグ」も「ファンコミュニティ化」もひっくるめた一連の音楽体験プロセスが重要という考え方ができるのではないか。
もちろん「Spotifyを使って音楽を聴く」という話が「Apple Musicを使って音楽を聴く」と同義になってしまっていれば、全く意味がないだろうが、
バッド・バニーのトップリスナー限定ライブのように、良くも悪くもここでの再生回数をベースに何かが行われることが増えていけば、それは大きな価値になるのだろう。
個人的にはこの話に限らず、エンゲージメントの時代においても、アーティストとダイレクトにつながっていく「千人の忠実なファン」的な形はどんどん強まるとは思うものの、そこでプラットフォームが果たせる/果たすべき役割はまだまだあるのではないか。直近音楽に関するアプリがリリースされて話題になっているが、こういうものも全部ひっくるめて、プラットフォームがやれることはまだまだある気がしてならない。
そうやってスーパーアプリ的な進化を遂げて、丸ごと持っていく世界線は十分あるような気がしており、そうなったら、それこそ”終焉”なんてことはあり得ないように思う。


