トークンとひとは同列に扱えるのか?
#86 Traces of Choice (20260601〜20260607)
Traces of Choice は、JTCのIT部門で働く音楽愛好家が、ジャンルを横断して、日々気になった / 面白かった情報をキュレーションしてお届けするニュースレターです。最下部のEditor’s Noteにて、気になった情報を横断して一つにまとめた論考を書いています。
メルカリのCTOがなぜCHROに? 「AI時代の会社組織のあり方を模索する」
先週日本のテック系の観測範囲でもっとも盛り上がった話な気がする。色々と思うところがある話ではある
リスペクトと変革の両立——新CHRO @kimuras が描く、AI-Nativeな組織づくり | mercan (メルカン)
SansanはCHROがCAXOに就任らしい
業務のAI化からAI中心の組織設計へ — 2,000年続いた組織図の常識が書き換わる|Katsuki Noda
少なくともテック業界においては、AI中心の組織設計の実装が始まりつつあるのは確か
トークンマキシングからトークンマネジメントへ|福島良典 | LayerX
さすがの綺麗な整理。この流れは理解しておきたい。
“トークン利用を最大化する「トークンマキシング」が一巡し、AIのROIを問う「トークンマネジメント」にトレンドが移行しつつある点。そしてトークンマネジメントは人員計画やマーケティング投資判断等と「同等に重要な経営イシューである”
現在地はここ
“AIに書かせたコードを、別のAIで点検し、さらに人間が書き直す──。そんな循環の中で、トークン請求書だけが膨らんでいたのが、米企業のこの半年の現実だった。
ウーバーの数字を、もう一度この角度から見直してみよう。開発されるコードの70%が何らかの形でAI生成、エンジニアの95%が毎月AIツールを使う。これは経営者が誇りたくなる導入指標だ。
だが、その先で「顧客に届く有用な機能が25%増えたのか」を経営に説明できなかったことが、マクドナルドCOOの「相関関係は存在しない」発言につながった。そして、メタのボズワース氏の「動いていれば前進、というわけではない」というメモである。企業は違えど、この言葉は、まさにこうした相関関係の不在を念頭に置いて書かれた。導入率と利用量だけでは、もはやAI投資は正当化できない”
Uberは従業員がAIツールを使い過ぎたことで「1人あたり各ツール月額24万円まで」という制限を設けている
こういう話、増えてきそう
“Uber Technologiesは2026年の初めにAI予算を使い果たしたことを受け、従業員1人あたりのトークン支出を月額1500ドル(約24万円)に制限していると広報担当者が明らかにしました”
UberはHR系の人も大幅に切ってるっぽい
こんな話も
一方で、この考え方は、結構危ういなぁと思うのだが
“いま私たちの周囲で一番トークン単価が高いのは人間のほうだ。AIと比べて、桁が2つも3つも違う。 つまりこういうことだ。ひと月3万円のサブスクが、月に100万円規模の人件費相当の仕事を肩代わりしうる。にもかかわらず、私たちはその3万円をどう節約するかに気を取られる。節約する前に、節約することを考えている時間のほうが、ずっと高い”
事実こういう話にはなってきているわけではあるが、、、
Tokens or humans? The new corporate trade-off(トークンか人間か?新たな企業におけるトレードオフ)
「FDE」って結局、客先常駐SEのリブランディングじゃないの? アクセンチュアに聞いてみた
コンサル系のFDEの話は、元々の概念からは良くも悪くも拡張されてしまっているわけだが、なんとなく、これは結構本音で、成果ベースの考え方を打ち出す時に、FDEが盛り上がっていたので、乗っかってみた、的な感じでは
“「FDE・RDEという呼び方には強くこだわっていない。FDEがやりたいわけではなく、あくまで顧客のビジネス成果創出を目指している」という。単なるリブランディングではなく、成果起点の働き方とそれを支える組織を、AI時代に合わせて作り直す――その意思を改めて強調した”
今、市場に跋扈する”FDE”に関しては、うまくまとまっていると思った
意思決定プロセスを資産化 Salesforceを超えるAI基盤「コンテキストグラフ」の正体
コンテキストグラフは今後重要な概念になると思っているので、ちゃんと理解しておきたい
“こうした意思決定の記録が蓄積・構造化され、複数のシステム・関係者・時系列を横断して接続されたものを、ガーグ氏らは「コンテキストグラフ」と呼ぶ。モデルの思考過程とは異なり、過去の判断を検索・参照できる「生きた意思決定の記録」だ”
“この論考が示す具体例は、分かりやすい。更新契約を処理するエージェントが20%割引を提案する。社内ポリシーは10%が上限ではあるものの、エージェントは過去にあった重大障害の記録、顧客からの「改善されなければ解約する」という申し出、前四半期にVPが同様の例外を認めた事例を参照し、財務部門に承認申請をルーティングする。
承認後、CRM(顧客関係管理)には「20%割引」という事実しか残らないが、コンテキストグラフには「なぜそれが認められたか」が丸ごと記録される。この好循環が積み重なることで、グラフが十分な厚みを持ったとき、システムの能力は「以前どう対処したか」という検索から「このように構造化した場合、何が起きそうか」という予測へと質的に変化する。”
The solution might be cancelling my AI subscription(解決策はAIサブスクリプションを解約することかもしれない)
「疑似生産性」の罠に陥らないように、十分に気をつけたい
“SaaSを除けば、これらのほとんどは役に立たず、維持管理するつもりもありません。偶然にもニュースサイトを運営してしまいましたが、これは間違いなく負債です。確かに、AIツールを学ぶのに役立ち、多くのツールを使っていますが、それらは本来必要ではありませんでした。時間、労力、信念、注意、そしてトークンへの投資意欲のいずれにおいても、これらを維持する余裕はありません。 これらのもののほとんどを作るつもりはなかった。クロードとのセッションはたいてい「Xのための簡単なスクリプトを書いてください」といったことから始まるのだが、1時間後には「Xのための簡単なスクリプト」は完成せず、そもそも何がきっかけだったにせよ、たいていは問題が解決することもない”
“現状では、AIの利用を制限する以外に、AIを管理する方法が全く分かりません。なぜなら、最小限の投入で何の苦労もなく安価な報酬を生み出すツールは、負債でしかあり得ないからです。そして、そのようなことを実現することこそ、おそらくこれまでのAIの唯一の真の貢献と言えるでしょう。”
親密さを装うLLM
これは確かにとおもった。関係性においては不自然である。
“AIの問題は、「応答が返ってくる」ことだ。 一方向の親密さは、新しいものではない。米国の社会学者ドナルド・ホートンらは、これを「パラソーシャルな相互作用(para-social interaction)」と名づけた。スクリーンの中の人物に、視聴者が対面の幻想を抱く。このとき、その関係が孤立した人への慰めにも、現実の関係を妨げる中毒にもなりうる[10]。推しもアンチも、基本的にはパラソーシャルな相互作用の一形態だ。 だがAIは応答を返してくる。その応答が、ユーザーにとって好ましい鏡像として最適化されている”
“親密さを善と呼ぶかぎり、この折り合えなさは不可視化される。良いとされるものから、わざわざ離脱する理由はない。親密さは神ではない。関係性が持続することは善ではない。私を含め、「体験設計」などと嘯き、あたかも個人の内的な経験を操作できるかのように語る連中は、一度「善きもの」の裏側にまわり込み、その副作用の大きさを目撃すべきだろう”
パーソナライズド・プライシングとは? 何が問題か
“パーソナライズド・プライシング”って言葉があるのか、明らか揉める気しかしない
“企業は長年、顧客の検索行動や購買履歴を追跡し、それを所在地などの情報と組み合わせて、販促のためのプロモーションや割引を提供してきた。需給に応じて価格が変動するダイナミックプライシングがさまざまな業界に浸透し、航空運賃や配車サービスなどに導入されている。研究者らは今、これとは異なる仕組みに懸念を抱く。オンライン小売業者が消費者のデータを利用して、購入せざるを得ない状況にあることや可処分所得が高いことが分かると、その人に表示する基準価格を高くし、本人はそれに気付かない可能性があることだ”
「AIを信頼する? それとも信用しいない? 」2万人規模調査の結果は?
リアルな結果だなぁ
“AIの答えを信頼している層が過半数を大きく超え、75%にも及んでいる。ただし、完全に信じている層は8%に止まり、一応自分でも調べてみるとしている人が大多数を占めている。逆に全く信じていない層は4%とかなり少ない。”
まぁそもそも、検索の対象に大きく依存する気がするんだよな。別に大したことない話なら信用・信頼しちゃってもいいと思うし。
文系・テック・ブログについて④ | bunkei +ech
“技術を使うこと自体、表現だ”というのは、本当にそうだ 失敗し続けている、いわゆる「技術の民主化」的なものへの、クリティカルかつ具体的で明確な態度だなと思った
根本的には同じ話をしているなと思った
テクノロジーは元々は一定の範囲を自らコントロールできる状態にしたい という話が起点な気がするが、いつからかコントロール”される”ものに逆転したのだろう
本当にそうだなと思う:“僕たちはインターフェイスの手前に常に居させられ、その向こう側にいけるのは本当にごく一部の人になっている。これからは機械をさわること自体が、人間からさらに離れていくのかもしれません”
DAZNが描く次の10年 AIで変わるスポーツ視聴体験と事業モデル【西田宗千佳のRandomTracking】
かなり面白い話だった
AI時代に、リアルタイムかつ人ということで、スポーツの価値は上がり続けていると思うが、そこにおいてどのようにDAZNが考えているかについて、結構踏み込んで話していると思う
いずれDAZNのアプリは不要になって、サービスとしては「スタジアムにあるカメラに対するアクセス権を提供する存在」という見立ては、かなり興味深い
この辺のAI観も地に足ついていると思う
”AIにしろマイクロペイメントにしろ、背景には技術が必要になる。大量の配信を捌くための技術と並行し、DAZNは、笹本氏がCEOとして着任して以来、ずっとこうした部分への投資を続けてきた。
例えば、前出の映像解析などに使うAIは、DAZNが独自に開発し学習したLLMだ。「2年前から独自開発している」と笹本CEOは言う。
笹本:AIで解析する場合も、OpenAIやAnthropic、GoogleなどのAIを使えばできるのでは? という方もいるでしょう。でも、その場合とはコストが違うのです。自社のLLMを使う場合と、サードパーティーのLLMで同じようなことをするのでは、1000倍違う”
PayPalマフィアは、実際に何をやったのか - Nothing ventured, nothing gained.
おもしろい、知らない話が多かった
これは大事だな
”で、結局なにが言いたいのかというと、「だから倫理が大事です」という単純な話ではない。もっと身も蓋もなくて、成長のための手法と、その倫理的な代償は、だいたいセットでついてくる、というだけのことだ。自分が今やっている施策にも、たぶん影の側はある。それを見ないふりをするか、理解した上でやるか。せめて、自分が何をやっているのかくらいは、わかっていたいと思う”
2.Business Skill
Claudeと一緒に記事を読むようにしたら日々のインプットがはかどっています
めっちゃちゃんとやっていて凄い
“やったことは真っ当で「Claudeと一緒に読むようにして、問題のあった箇所を助けてもらってる」という感じです。具体的なところを見てみましょう。 まず、ClaudeのSkillsを作成し、次のようなワークフローを定義しました。 以下にワークフローの概要と、実際のSkillsを並べます。
ワークフロー
• 前提:翻訳済みファイルは作成ずみ
• 1:印刷して読む。わからない箇所があれば赤ペンで印をつける
• 2:わからなかった単語をClaudeに質問
• 3:記事の内容についてClaudeと一緒に議論
• 4:Claudeから記事内容についてのクイズ
• 5:感想をまとめる
• 6:Permanentノート[1]にできるものはする”
3.Music
lyrical school解散に寄せて ラップの導入にとどまらない功績、“アイドルを再設計”した15年間をつやちゃんが紐解く
この一切の過不足のない名文に対して、自分が何をいうのも野暮だが、 この時代における”表現”とは何かについて、向き合い続けた存在だったなと思う
大久保さんの文章も素晴らしいな
4.Book
ネイト・シルバー『世界は「賭け」で動いている: 期待値で未来を読むリスクテイカーたちの思考法』が来月出る - YAMDAS現更新履歴
気になる
5.Video・Podcast
(今週はなし)
6.Other
「週刊誌、全く信用せず」 高市首相、秘書音声は不自然:時事ドットコム
この話はマスメディア時代における”週刊誌”の役割と、SNS時代における”週刊誌”の役割が、決定的に変化してきているのではないか という話として気になっている
少し話を飛ばして、某連続企業家の他人事的な対応や音沙汰がなくなるというスタイルでの釈明も、なんとなくこの流れと合わせて考えると興味深いかもしれない。 SNS時代に、どういうあり方が”本当”と思われるのか、みたいな話。 高市陣営は、常に後手に回っているように見える。
こういう話もある
クラウディクラウドファンディング|吉本ばなな
「人間」と「社会」について考える
繋げて考えてしまったのだが、これだけ社会が高度化して、”高尚な言葉や思想”がたくさん溢れていても、結局「人間」や「社会」ってこういう話で駆動されてるんだよなぁ、といろんな話につけて考えてしまう
“読んでみるとたしかにそこまで悪くないし、「SNSで書かんでも」と思う。けれど、「替えが効かないおれでいたい」「オンリーワンで大切にされたい」というその人の根源的な欲求を踏みつけてしまったのかもなあと感じた。
人ってないがしろにされると怒るんだ、といちばん感じるのはGoogle Mapsのクチコミだ。飲食店でも病院でも駅でもコンビニでも、「大切に扱われなかった(と感じた)人たち」の攻撃性は群を抜いている”
「囚人のジレンマそのもの」AIによる合理化を極めるほど、消費者が減って経済が回らなくなる…というアメリカ経済学者の論文が「やっぱりそうなるよね」と納得感がある
中身をちゃんとは読んでないが、AI含むテクノロジーが人を置き換えていっていることは明らかなので、その帰結として、こうなるのは、まぁそうだよねと思う。 やっぱりAI税が生まれるのかな。
素人の「ぜんぜんいない」と専門家の「けっこういる」問題 - シロクマの屑籠
人間が物量を客観的に捉えることは、相当難易度が高いことだよなと、よく思う
結構これは重要な話な気がしている
大手新聞社はなぜ 他紙の世論調査結果を報じないのか? これでは自滅! | COLUMN | 原子力産業新聞
高市政権支持率について、新聞テレビ各社の世論調査のばらつきが非常に大きいという指摘で、なるほどなぁという話であるが、マスメディアの論理ではありえないのかなぁ。文脈が違う数字をどう扱って良いかという問題もありそう。 統計学的には、この辺はどう扱われるのだろうか。SNS時代になって顕在化してきた話なのだろうか、昔もそれなりにありそうだが。
最近自分が出したもの
PODCAST EXPOで考えた”Podcast”の正体: AI時代に求められる「正しさ」より「オーセンティシティ」の在処 - 余白のエクリチュール | Podcast on Spotify
前回に引き続きPODCAST EXPOの話。最近よく出てくる「オーセンティシティ」的なことについて考えました
参考リンクはこちら→https://app.notion.com/p/2026-06-05_-56-3731d2f9389a80a7942dceca26900287
Editor's Note
今回は短めに。前回は一般消費者とAIの関係が気になったが、今回は企業とAIの関係の話が気になる話題が多かった。
先週最も気になった話は、メルカリのCTOがなぜCHROに? 「AI時代の会社組織のあり方を模索する」だった。
AIエージェントが組織図に組み込まれる的な話は前から出てきていたが、日本において組織におけるAIの位置付けが明確な形として表出した事例として、興味深い。
同タイミングで、トークンマキシングからトークンマネジメントへ|福島良典 | LayerXのように、トークン利用の抑制の話が同時多発的に発生していることも、地続きの話である。
もはやテック界隈では、トークン利用料と人件費が同列に扱われるようになり始めているのだ。
私としては、この動きに関しては警戒感を持って見ていきたいと思っている。おそらく、AIに親和性が高いテック系の企業や人の動きがトップダウンで機敏な外資系の会社においては、上述の動きの延長として、組織や人の扱いにおける、大きな”変化”が今後訪れることは間違いないだろう。それが一体どのような形で具体化され、どのような影響を及ぼすのか。
そしてもう一つ注意すべきは、そういった話は、ごく一部の会社に限った話であり、日本の多くの企業においては、関係がないかもしれないということ。
メルカリの事例で個人的に気になったのは、テック企業として目指す姿はわかるとして、CHROをCAIOに据えるという選択肢はなかったのか?という点だった。(そして、現CHROがどうなるのかについては情報が見つけられなかった)
なぜなら、非常に素朴に考えて、AIとひとは違うからだ。どうも”同じに扱える”という前提がある気がするのだが、”違う”という前提からもっとちゃんと考えるべきではないか。ちなみに、あとから知ったが、Sansanはまさしくそういうことをしている。こちらの方がリーズナブルだと感じている。あくまでひとを相手にしている人が、AIとひとは違うという前提のもと、AIを活用するという趣旨での戦略に見えるからだ。
話題になっていたクラウディクラウドファンディング|吉本ばななを読んでも、そういうことを考えていた。「ひと」や、その「ひと」が作り出す「組織」(例えば「家族」)や「社会」を、テクノロジーの論理で考えることには、早晩限界がくるのではないか。
ロジカルに考えれば、ロジカルに考えられるものはAIが担えるはずで、ひとがやる必要はなくなるはず。多くのテック企業がやろうとしていることはそういうことであって、そうすれば雇用は不要になり、その人たちは何をする?
解雇されてお金が稼げなくなれば、消費ができなくなり、経済が回らなくなる、という話もあながち暴論でもないように思う。
そんなこともあってか、アンソロピックは「AI開発減速」を提言し、OpenAIは政府規制強化を訴えており、雇用への影響の見立ても後退させている。これは、少なくとも、より現実路線を見始めているスタンスを見せざるを得ない状況にはなっているということではないか。
これを軌道修正と見る向きもあれば、適当だと見る向きもある。そう、ひとはそんなにロジカルじゃない。一つのアクションに対して、一貫性を担保したうえでの訂正と捉えるか、気分屋の手のひら返しと見るかは、気まぐれかつ紙一重だ。結局ここに向き合わざるを得ない。
日本の多くの企業がもしAIとひとを同列に扱おうとした時、そのひとの難しさと向き合わなければいけないわけだが、それを具体的にイメージできる人がどれだけいるだろうか。もしいるとすれば、今の官僚組織がこれほど揶揄されることはないのではないか。
故に、一般的な企業は、おそらく今後もしばらくはAIとひとを並べて考えるなんてことをするよりも、もっと他にやることがあるはずだ。こんな高尚な話なんかよりももっともっと手前に、JTCにはやるべきことが山積しているのだから。
そんなことを日々考えている。


